大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和61年(ワ)3722号 判決 1988年3月30日

原告

山口志乃

ほか二名

被告

東京海上火災保険株式会社

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し金二四〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

訴外亡山口重之(昭和一一年一一月二一日生まれ)は、昭和四二年一一月二五日原告山口惇子と婚姻し、その間に長女である原告山口志乃(昭和四三年八月一三日生まれ)、二女である原告登子(昭和四八年七月九日生まれ)が出生した。

しかるところ、右重之は、左記交通事故により、昭和六一年五月二〇日午前零時二五分死亡した。

(一) 事故の日時 昭和六一年五月一九日午後一一時五五分ころ

(二) 事故の場所 春日井市下条町一一四九番地四先県道上

(三) 事故車両 普通乗用車(尾張小牧五五る九二八六)

(四) 運転者 山口重之

(五) 事故態様 重之は、右日時場所において、自己の所有する前記車両を運転北進中、深夜で、かつ、猛雨のなか運転を誤り道路中央のコンクリート製分離柱(高さ一メートル、幅一メートル)に激突し、開放性頭蓋損傷兼脳挫創のため死亡した。

2  保険契約の存在

(一) 右重之は、前項の交通事故当時、被告との間において(被告名古屋支店扱い)、重之本人を被保険者とする左記自家用自動車保険契約を締結していた。

(1) 被告は、保険証券記載の自動車(前項(三)の自動車)の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害を被り、かつ、その損害について自賠法第三条の損害賠償請求権が発生しない場合には保険金を支払う(自損事故条項)。

(2) 被告は被保険者が前項の傷害を被り、その直接の結果として死亡したときは、一四〇〇万円を死亡保険金として被保険者の相続人に支払う。

(3) 被告は、保険証券記載の自動車の正規の乗用車構造装置のある場所に搭乗中の者(被保険者)が、被保険自動車の運行に起因する急激、かつ、偶然な外来の事故により身体に傷害を被つたときは保険金を支払う(搭乗者傷害条項)。

(4) 被告は被保険者が前項の傷害を被り、その直接の結果として、事故の発生の日から一八〇日以内に死亡したときは、被保険者一名ごとの保険証券記載の保険金額(本件では一〇〇〇万円)を死亡保険金として被保険者の相続人に支払う。

(二) そして、本件交通事故は、右自損事故条項、搭乗者傷害条項に該当し、しかも、重之は死亡したのであるから、前項(2)及び(4)に従い、被告は、重之の相続人である原告ら三名に対し金二四〇〇万円の死亡保険金を支払う義務がある。

3  結論

よつて、原告らは被告に対し、金二四〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和六一年一一月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実中、山口重之と原告らの身上関係及び山口重之死亡の事実は認める。事故については(一)ないし(四)の事実は認めるが、(五)の事故態様については争う。

2  請求原因2項の事実中(一)は認める。(二)の主張は争う。

三  抗弁

本件交通事故は、亡山口重之が酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態にありながら事故車両を運転して左カーブを曲がりきれず中央分離帯に衝突したことによつて生じたものであり、原告らのいう自家用自動車保険契約の約款第二章第三条第一項第二号及び第四章第二条第一項第二号(免責条項)に定める自損事故による保険金及び搭乗者傷害保険金を支払わない場合に当たる。

よつて、被告には本件各保険金を支払う義務はない。

なお、酒酔い運転と事故との間の因果関係の有無を問わず約款の右免責条項は適用されるものである。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  約款上被告のいう免責条項があることは認める。しかしながら、当該条項は酒酔い運転と結果発生との間に因果関係の存することを要件としているものと解すべきである。

2  しかるところ、本件事故は、深夜豪雨の下で構造的にも問題のある変則交差点において発生したものであり、また正常な運転ができないほど飲酒していたか否かも疑問であつて、右の諸要因が複合的に作用して事故発生に至つたとみるのが相当であり、したがつて、公平の見地から少なくともその寄与割合に応じて保険金支払を求めうるように免責条項は制限的に解釈されてしかるべきである。

第三証拠

記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  事故の発生に関する請求原因1項の事実中、原告らと山口重之の身上関係及び同人死亡の事実並びに事故に関する(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第五号証、乙第二号証の三ないし五、七、八及び一〇によれば、本件事故の態様は後記二1のとおりであると認められる。また、保険契約の存在に関する請求原因2項(一)の事実及び抗弁にいう保険約款中の免責条項の存在についても当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故が自家用自動車保険契約の約款第二章第三条第一項第二号及び第四章第二条第一項第二号所定の免責条項(酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときに、その本人について生じた傷害)に該当するか否かについて検討する。

1  前掲乙第二号証の三ないし五によれば、亡山口重之のアルコール血中濃度は血液一ミリリツトル中、一・六五ミリグラムであつたと認められるところ(右血中濃度の信憑性について特に問題とすべき点のないことは、証人三井利幸及び梶田寿雄の各証言に照らし明らかである。)、前掲甲第五号証、乙第二号証の七、八及び一〇によれば、亡山口重之は、本件事故現場へ差しかかる前の松河橋付近庄内川堤防道路上を低速で走行した後、同橋南詰信号で一時停止したが、青信号で発進すべきところ発進せず後続車の前照燈のパツシングによりようやく発進し、中切町信号交差点付近からは急に加速したり突然低速になつたりして、後続車の運転者から飲酒運転ではないかと警戒される走行状態にあつたこと、その後事故現場付近へ差しかかるまでは時速約五〇キロメートル(制限速度は時速四〇キロメートル)の速度であつたところ、事故現場手前交差点付近から更に加速して右に寄る状態で走行し(ウインカーは作動していない。)そのまま事故現場のコンクリート製中央分離帯先端に自車前部を激突大破させ、開放性頭蓋損傷兼脳挫創・肋骨陥凹骨折兼血気胸でほどなく死亡したこと、なお、当時は降雨中で路面は湿潤状況にあつたことが認められる。

2  以上によれば、本件が被告主張の約款所定の各免責条項に当たるものであることが明らかである(のみならず、前記認定事実からすれば、亡山口重之の酒に酔つた状態での運転と本件事故との間に相当因果関係のあることを推認するに十分であり、これを動かすに足りる的確な証拠はなく、また、公平の見地から他原因との割合的認定を考慮すべき事情があると認むべき的確な証拠もない。)。

三  したがつて、免責条項の適用を主張する被告の抗弁は理由がある。

よつて、原告らの請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 上野精)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例